徒然気儘な綴方帳: 夢、希望、理想、目標。目指すところ。アーカイブ

夢、希望、理想、目標。目指すところ。の最近のブログ記事

えーVJE-Deltaの死亡が宣告されてからもう何年になりましょうか。開発元のバックスは当時ソフトバンクグループの傘下にあって、VJE-Deltaの知的財産権は現在株式会社ヤフーが継承しているわけですが、ヤフーはVJEの知的財産権を死蔵するばかりで、後継ソフトウェアの開発どころか最終バージョンであるVJE-Delta4.0をオープンソース・ソフトウェアにしようとすらしてくれません。

Windowsなどのオペレーションシステムが32ビット設計から64ビット設計へと移行しつつある現状にあって、Windows7の64ビット版ではVJE-Delta4.0がインストールさえできないことが確認されていますから、あたしのようなVJE原理主義者は64ビットOSへの移行ができないでいるのです。

ヤフーの親会社はもちろんソフトバンクですが、携帯電話の取説すら有償頒布するような企業に、旧世代といえどもソフトウェアのオープンソース化などということは望み得ないのでしょうかね。だとすれば、あたしは今後決してソフトバンクグループのサービスを使うことはなくなるでしょうね。ネットオークションはずっとヤフーオークションを使ってきましたが、それも考え直しますよ。

尤も、携帯電話については今後もdocomo以外を選ぶことは多分絶対にないですけどね。

えー昨日の北海道新聞朝刊、民主党・鳩山由紀夫代表による選挙運動日記が寄稿され、全文が(道新記者の注釈をいくつかつけて)公表されたわけでございますが、鳩山代表が落語好き、ということをこの日記の中で初めて知りました。選挙運動期間中に訪れた大阪で天満天神繁昌亭を視察された由。

御存知の方も多かろうとは思いますが、繁昌亭は(社)上方落語協会が主体となり、行政の庇護を受けず、上方落語を愛する人々や上方文化を守ろうという志に共鳴する企業・団体からの浄財を募って(土地は大阪天満宮から無償で貸与されています)建てられた、まさに上方町人文化のひとつの粋と言うべき珠玉の寄席です。

その落語を愛する鳩山代表がいよいよ衆参両院の第一党・民主党の党首として首班指名を受け、政権運営を担うことになるわけですが、マニフェストに掲げた近代立憲主義への深い理解を損ねるような政権運営をしようものなら、どのようなしっぺ返しが待っているか、言うまでもないですよね?

えー、本日のネタソースは(決してオタフクお好みソースではない(違))こちらになるわけでございまして、同じ内容の記事は彼女、三宅ひとみちゃんが参加しているアイドルグループであるところのアイドリング!!!のブログにもアップされているんですが、あちらはフジテレビID、という無料会員登録が必要なので、Webにアクセスできればどなたでもご覧になれる利便性を優先して所属事務所であるワタナベエンターテインメントが運営する公式ブログから引っ張りました。

それはともかく、勿論戦争を知らない世代である彼女が、祖母から戦争のことを聞いていろいろに考え、そしてこの記憶を次の世代に伝えなくてはいけないと感じた、ということが、今回のテーマなんですな。

正しいもの、美しいものだけを伝えることが有用なのではなく、間違ったこと、辛く悲しいこと、怒りを覚えるようなこと。正も負も包み隠さず、ごまかさず、次の世代が自分たちの間尺で考え、判断できるような資料として伝えていくことが大事なんだなぁ、と改めて思うのです。

そして、その役割を果たすものは、一義的には歴史教育であり、それは学校の教科書レベルの話だけに留まるのではなく、まだ、あの時代を体感している世代がこの世に残っているうちに、小さな声を集め、伝えていくことが重要になるのです。あの敗戦から64年、残されている時間はあまりにも少ないのですから。

今回のひぃちゃんのブログ記事は、そういった意味で未来への希望の一つなんじゃないかなぁ、とあたしは感じたわけです。ちゃんと、次の世代は育って来ている、という希望の松明。

えー我が国では国会の第1院にあたる衆議院が解散され、選挙の季節に突入しているわけですが、この時期だからこそ確認しておくべきことがいくつかあるように思えますな。

たとえば、選挙権と被選挙権の意味。「権利」としてはありますが、これは民主主義社会を構成する成員としての義務でもあるということ。
たった1票と言うなかれ。それを放棄することは、時の政府に自分の全てを委ねても文句を言わない、ということを意味するのだから、たとえ白票であろうとも一票を投ずることが民主主義社会の成員には求められるのである。

次に、投じた票の行方、納めた税金の行方に関心を持つこと。自分が票を投じた候補・政党が議席を得たか得ないかに関係なく、これも民主主義社会の成員としての当然の義務だと思うわけですが...そんなに自分が政治に参画することを厭うのであれば、寧ろ積極的に王政復古の運動に荷担するべきじゃないかと思うのはあたしだけだろうか?
勿論、あたしは王政復古も軍政クーデターも御免蒙るから、それらよりはましな体制と言えるであろう民主主義体制の維持に当面荷担するわけであるが。

さて、日本の8月は何度も触れているが鎮魂の夏と言えよう。広島・長崎の原爆忌、敗戦記念日、そして日本の大半の地域ではお盆の季節でもある(あたしの在住地である北海道根室市の市街地域は7月盆なので、お盆は既に過ぎ去っているが)。

広島市の秋葉市長、長崎市の田上市長が共に触れたアメリカ・オバマ大統領の「核のない世界へ向かう決意」演説への支持。
アメリカは言わずと知れた世界一の核大国であり、世界で唯一実際の戦争に核弾頭を使用した国でもあることを考えるなら、アメリカ軍が核を全廃するためには相当の時間が必要になることは論を俟たないだろう。

それでも、そんなアメリカが一歩を踏み出す意味、ということを考えてもらいたいのだ。日本の自衛隊でさえ、対人地雷全廃条約を批准してから実際の全数廃棄に至るにはいくらかの時間を要したことを思い出して欲しい。それよりも圧倒的に大きな規模、しかも廃棄物の処分にとんでもない時間と手間暇のかかる核兵器なのである。一朝一夕に廃絶できるような性質でないことくらいは容易にご理解いただけるのではあるまいか。

であればこそ、今すぐになくなるわけではないのだから、と我が国が駆け込みで核を持とうとするような動きには断固とした態度でNoを突きつけねばなるまい。64年前の夏、我が国は「核兵器とは何か」という現実を目の当たりにしたのではなかったのか。そして、他人が嫌がることをしない、というのは、我が国において普通に尊ばれる道徳の一つではなかったのか。

今更ながらに、武村正義が「小さくともキラリと光る国」を提唱したことの重要性を想起せずにいられない。そして、それこそが日本国憲法の前文に掲げられた「国際社会に名誉ある地位を占める」ことではないのだろうか。

えー拙宅ではnternet Explorer(6以前のバージョンに留まらず、全てのバージョン)をお使いの方にゴメンナサイしようと思っているわけでして、まずは、既にMicrosoftもサポートを打ち切っており、かつ既知のセキュリティホールも多数あるIE6をいい加減捨てましょう、ということです。

Windows2000(9x系はそもそも存在自体を無視します(笑))をお使いの方にはIEでのアップグレードパスが存在しませんし、IEの7や8だって他のブラウザより優れているかと問われればNoですから、Firefoxなどへの乗り換えを拙宅では強く推奨いたします。

# IE6でお越しの方のブラウザウィンドウに「アナログ」と出すほうは実験がうまく行かなかったので(苦笑)Javascriptでブラウザ乗り換えを案内するウィンドウを出すようにしました。

えーアイドリング!!!とAKB48の連立ユニット・AKBアイドリング!!!に、更に日産自動車をフュージョンしてみるわけでございまして、いろいろな面で行き詰まり感の漂う現状を打破するには、もう思いきって考え方をSHIFT_するしかあんめぇ、てなもんでござんすな。


てなわけで、思いきり抱きしめあって、世界が無限の色彩を保ったままで一つになれる道へとシフトしようじゃござんせんか。だって、お互いの唇を寄せることで、わたしたちは一つになれるんですから。

えー何言ってんだこいつ、と思われそうな標題なわけでございますが、あえて、あたしはbestを求めるよりbetterを追求したいなと思っているわけでございます。このweblogにおいて何度となく繰り返し申し上げたことでもございますが、人は所詮神ならぬ存在、全きものにはなれません。であれば、その時点で最良の選択だとしても、次の瞬間にはもう最良ではなくなってしまうかもしれない砂上の楼閣に固執するのではなく、常にmore betterを求め積み上げていく方がいいのではないか、と強く感じているわけです。

時には、行動しないことがbetterであるときもあるでしょうし、積極的に動くことがbetterな解になることもある。逆戻りすることがbetterである場合だってあるでしょう。君子豹変する、などと申しますが、柔軟に行動し、過ちを改めるに躊躇しない、という意味ではないのだろうか、と辞書を引かずに愚考するわけです。bestを求めると、そこに到達した段階で柔軟性を失い、硬直してしまうことに気がつかない。だから、bestを求めるのではなく、常にbetterを追い求めていくことで、過ちを改める柔軟性を保ち続けたい。そして、無限の可能性を常に開いておきたい。

未知への変化は常に恐ろしいものです。ですが、変化を恐れて現状に安住しようとすることは、betterを追い求めることと常にイコールではあり得ません。なぜなら、逃したシャッターチャンスは絶対に戻ってこないのです。時間という無慈悲な神の仕打ちが、物事を永久不変で居させてはくれないのですから。

以前に、住友の「営業の要旨」をこちらで紹介したかと存じますが、時宜の変遷を当然のものとして織り込んであることを今更のように想起します。
また、江戸の庶民が「宵越しの銭は持たない」を美徳としたこと、これは貯蓄をするなという意味ではなく、生きたお金の使い方、つまり、世の中がうまく回るようなお金の使い方をしなさいということなんじゃないかな、と、これまた日本史にも疎い無学者の愚考ですが、まぁあたしが落語好きだからってわけでもないですが、日本の伝統と口やかましい方々が、なぜか明治維新からの伝統にだけ固執している意味がわかんない...というのは少々脱線ですけども、江戸時代あたりの庶民文化に学ぶところが大きいんじゃないかな、という風に感じるわけですよ。現代よりも数段高度なリサイクルシステムもそうですし、地域コミュニティにおける相互扶助のシステムだってそう。

脱線が酷くなってきたのでこの辺にしときましょうか。この辺のテーマは、またなんぞの機会にやるかもしれません、ということでお後がよろしいようで。

えー、ついぞ先日、残念ながら現在もなお死刑存置国である我が日本国において、ふたりの未執行死刑囚に対して死刑の執行がなされたわけでございますが、その一方で、現在「国際人権規約」という国際的な人権に関する取り決めを批准している日本国に対しまして、その履行状況の定期的な審査が自由権規約委員会によって行われ、司法制度や従軍慰安婦関連の問題など、人権理事会の理事国でもある日本に対しては随分と厳しい視線が注がれた、というようなニュースがあったばかりだというのに、日本政府の定例報告においても国民世論が死刑の廃止を許す状況にない、として、堂々と死刑存置の正当性を言う程ですから、この死刑執行のニュースもまぁこの国では宜なるかな、てなもんでござんすが、現在は国民新党の亀井静香衆院議員が代表を務めている死刑廃止議連による強い抗議のニュースがありました。警察官僚出身の、それもタカ派で鳴らした保守政治家である亀井静香さんが随分と昔から死刑廃止を持論として掲げていることは、意外といっては失礼に当たるのですが、彼が自民党に籍を置いていた頃からの有名な事実です。

さて、ここで些か古い記事ですが、村野瀬玲奈さまの秘書課ブログから、1981年、フランスにおいて死刑制度が廃止されたときのフランス法相、ロベール・バダンテールの演説を引きやしょう。些か長い引用になりますが、村野瀬さまによる邦訳の全文はリンクからどうぞ...てなことで、以下続きへどうぞ。

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