国境はナショナリズムを信じない - 徒然気儘な綴方帳

国境はナショナリズムを信じない

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えーまたしても北海道新聞の、それも夕刊のコラム記事を紹介させていただくわけでございまして、有料配信されている記事データベースにアクセスされている方も限られるだろう、という推測のもとに記事の全文を紹介するわけでございます。

さて、この記事を紹介する前段として、国境に接している自治体の関係者や住民が一堂に会して議論を交える「国境フォーラム」というものがありまして、この全体会議が昨年末に根室で行われました。2007年に与那国町にて開催されたのを皮切りに、翌年は小笠原村、そして昨年が根室、ということで、毎年持ち回りでの開催になるのではないかと思われますがそれは兎も角、このフォーラムの運営に積極的にかかわっているのが北大のスラブ研究センターであり、このセンターの教授である岩下明裕先生が今回のコラム記事も執筆されています。

なお、参考資料として、今回のフォーラムにおいて、国境を抱える自治体の首長が会して開催された「国境フォーラム・首長サミット」の議事の概要が北大スラブ研究センターのwebに掲載されていますのでリンクします。

それでは、記事全文は「続き」をどうぞ。

国境はナショナリズムを信じない

岩下 明裕(北大スラブ研究センター教授、文科省グローバルCOEプログラム「境界研究の拠点形成」拠点リーダー)

 ▽「対馬が危ない」。超党派の国会議員たちが緊急総会を開き、外国資本による不動産取得の規制や自衛隊増強をアピール(2008年11月)
▽「北方領土は固有の領土」。 「北方領土問題等の解決の促進のための特規措置に関する法律」が改正され、「固有の領土」が初めて明文化(09年7月)
▽「防衛力の空白地帯に軍事力を」。沖縄県与那国町長選では自衛隊誘致推進派の現職町長が勝利(09年8月)

昨今の出来事をこう並べると、相も変わらず、日本では国境を震源地としたナショナリズムが盛んのようだ。だが、国境地域に静かに耳を傾ければ、全く別の声が低く、しかし強く聞こえてくる。

「対馬市民はいたって冷静。日本の島としてこれまで同様、韓国と交流する」 
「事実上の国境線が目の前にあるのに、国境の街とすら名乗れない。四島一括とは言わせない」
 「国境政策がなく島を疲弊させたのは政府だ。自衛隊誘致は苦渋の選択」

これが国境地域からの本当のメッセージだ。

 国境に住む人たちが本音で意見交換を行い、一緒に未来を考える場を作りたい。私がその思いから手がけてきたのが、国境地域の自治体関係者や住民たちが一堂に会し、直接、議論を交える「国境フォーラム」である(北大スラブ研究センターと日本島嶼学会の共催)。
07年の与那国を皮切りに、08年は小笠原で、そして昨年12月末に根室で開催 された。特に昨年の「国境フォーラムIN根室」では、外間守吉・与那国町艮、財部能成・対馬市艮、渋谷正昭・小笠原村長代理を長谷川俊輔・根室市長が迎え、120人近い参加者とともに「国境・首長サミット」がかつてない規模で行われた。

 「国境フォーラムIN根室」が画期的な意味はさらに二つある。
第1に、日本がかかえる国境問題のほぼ全貌をまとめた「日本の国境・いかにこの『呪縛』を解くか」 (岩下明裕編、北大 出版会刊)の9人の執筆者が勢揃いしてブックトークを行い、それを市民の前で議論したこと(ここには竹島や尖閣以外の「知られざる」問題が含まれる)。
第2に、外国の専門家が加わることで、彼らが日本の国境の現実を学び、私たちが彼らを通じて世界の国境を学ぶ場がうまれたこと。

実は、国境地域の住民たちがより冷静に隣人たちを見はじめているのは日本に限ったことではない。
例えば、私が専門とするロシアと中国の国壊地域。モスクワは毎年のようにロシア極束に対する「中国の脅威」を喧嘩するが、現地はいたって冷静。
69年に中ソが軍事衝突した珍宝島をかかえ、歴史的にも対中悪感情が強かったウラジオストクの住民たちは今や、もっとも中国に友好的な態度を示す。
サハリンの北方領土間髄に対する頑なさは有名だが、国境現場の色丹や国後の立場ははるかに柔軟なのと似ている。

内外の国境問題の事例を多く集め、世界の専門家の意見をきき、現地の声とそれをむすぶ。
私たちが今、北大で進めているプログラム「境界研究の拠点形成」はこのネットワークをユーラシアを軸につくりあげることだ。

「領土問題」はともすれば、特殊性や固有性が強訴され、自分たちだけの見方と立場を正当化しようとする。国境がナショナリズムの源泉になりがちなゆえんである。

この排他的な言鋭ばかりが世界のすぺてではない。世界の多数の専門家が地球上の国境間髄を比較・分析し、解決への処方箋を見いだそうと奮闘している。
そこでは竹島も尖閣も北方領土も他国の事例と並べて議論されている。彼らの存在を無視し拒否するのは自由だが、それはむしろ私たちの足場を世界で失うだけだろう。

国境とは、「共同体」にとっての重要な「想像」の源泉の一つである。だが、残念なことに、国家は国境を口ほど
には重視していない。有事の際に、いつでも最初に「切り捨てられる」のは国境の民なのだから。
世界の事例をみれば、国境は絶えず変わるもの。日本も例外ではない。フォーラムの最後を私はこう結んだ。「国家に『固有の領土』なし、国境の住民たちに故郷があるのみ」。国境はナショナリズムを信じない。

(なお、新聞記事からの転載に際して、改行位置の調整や一部句読点・ルビの削除を行っている)

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    このページは、McRashが2010年1月29日 20:27に書いたブログ記事です。

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