徒然気儘な綴方帳

えーVJE-Deltaの死亡が宣告されてからもう何年になりましょうか。開発元のバックスは当時ソフトバンクグループの傘下にあって、VJE-Deltaの知的財産権は現在株式会社ヤフーが継承しているわけですが、ヤフーはVJEの知的財産権を死蔵するばかりで、後継ソフトウェアの開発どころか最終バージョンであるVJE-Delta4.0をオープンソース・ソフトウェアにしようとすらしてくれません。

Windowsなどのオペレーションシステムが32ビット設計から64ビット設計へと移行しつつある現状にあって、Windows7の64ビット版ではVJE-Delta4.0がインストールさえできないことが確認されていますから、あたしのようなVJE原理主義者は64ビットOSへの移行ができないでいるのです。

ヤフーの親会社はもちろんソフトバンクですが、携帯電話の取説すら有償頒布するような企業に、旧世代といえどもソフトウェアのオープンソース化などということは望み得ないのでしょうかね。だとすれば、あたしは今後決してソフトバンクグループのサービスを使うことはなくなるでしょうね。ネットオークションはずっとヤフーオークションを使ってきましたが、それも考え直しますよ。

尤も、携帯電話については今後もdocomo以外を選ぶことは多分絶対にないですけどね。

えー昨今の政治において、「政治とカネ」や「国家安全保障」の問題と並んで百家争鳴の様相を呈しているテーマのひとつに「定住外国人に( すべての外国人に対して、ではないことに注意が必要)対して地方自治体レベルの(同様に、国政レベルを含んでいないことに注意が必要)選挙権を(しつこくなりますが、被選挙権ではないことに注意が必要)与えるかどうか」というものがあり、ネット世論を見ていると感情的な反対論が渦巻いているように思えるわけですが、あたしの見解を端的に言いますと、被選挙権は兎も角、定住し、日本国、あるいはその中の地方自治体に対して納税を行っている外国人に対して、国政レベルを含めて選挙権を与えるべき、ということになります。

昨今の企業経営、ガバナンス体制において社外取締役、というものを置く企業がずいぶんと増えましたが、それと同じように、外部からの視線を意識した行政運営、という観点から見たときに、日本国籍を持たぬまま定住する外国人の声、というものが一定の役割を果たしうるのではないかと考えるからです。

さて、反対派から聞こえてくる感情的な反対論の多くが、「定住外国人に参政権を与えれば日本が中国や韓国に占領されてしまう」レベルのトンデモ理論(?)なわけでして、そして、そういうことを言い出す輩に限って愛国心愛国心とやかましい現実を見て、あたしが感じるのが表題、というわけですよ。

はっきり言ってしまいますが、あたしには愛国心なんていう感情の持ち合わせは基本ありません。オリンピックやサッカー・ワールドカップ、あるいはワールド・ベースボール・クラシックといった国際的な競技会において殊更に日本国の代表ばかりを応援するようなことですらしない程度に愛国心がありませんが、これは日本に息づく文化や伝統、あるいは様々な分野で優れた才能を持って活躍する日本人を応援しないことと等価ではありません。

そして、そうした日本が積み重ねてきた営みが、たかが定住外国人に地方レベルの選挙権を与えた程度のことで崩壊するとすれば、日本とはその程度の存在でしかなく、独立国としてある価値がないと判断することになる、というそれだけのことでしかないのです。
強固な防壁を崩すのは蟻の一穴、なんていうことも確かにあるやもしれませんが、強固な防壁なんてものは得てして役に立ちません。あらゆる資源に乏しい日本国が強固な防壁を築いてそこに籠城したところで、わずか数日すら持ちこたえられない現実を冷静に直視すれば、その程度のことは容易に理解できるでしょう。


その程度のことでこの日本国が潰えてしまうとは思えませんし、今再び鎖国の道を選べば日本国に存立の道はないことが冷静に判断できるからこそ、外国人参政権について自然に賛成という結論が導かれるのです。

えーまたしても北海道新聞の、それも夕刊のコラム記事を紹介させていただくわけでございまして、有料配信されている記事データベースにアクセスされている方も限られるだろう、という推測のもとに記事の全文を紹介するわけでございます。

さて、この記事を紹介する前段として、国境に接している自治体の関係者や住民が一堂に会して議論を交える「国境フォーラム」というものがありまして、この全体会議が昨年末に根室で行われました。2007年に与那国町にて開催されたのを皮切りに、翌年は小笠原村、そして昨年が根室、ということで、毎年持ち回りでの開催になるのではないかと思われますがそれは兎も角、このフォーラムの運営に積極的にかかわっているのが北大のスラブ研究センターであり、このセンターの教授である岩下明裕先生が今回のコラム記事も執筆されています。

なお、参考資料として、今回のフォーラムにおいて、国境を抱える自治体の首長が会して開催された「国境フォーラム・首長サミット」の議事の概要が北大スラブ研究センターのwebに掲載されていますのでリンクします。

それでは、記事全文は「続き」をどうぞ。

えー過激派反捕鯨団体であるところのシー・シェパードと、日本の調査捕鯨船が衝突した事故絡みで思ったことをちょろっと。

確かに鯨を食べるのは日本の食文化の一角をなすわけですが、  とはいえ、それが国際的な摩擦を引き起こす大きな要員になっている現状を鑑みたときに、残念ながら捕鯨は歴史的な役割を終えた、と考えざるを得ないなぁと思うわけです。

捕鯨の存続を主張している政府のロジックとして、水産資源の管理と有効利用をあげているわけですが...生態系というのは、下手に人間が介入するととんでもないことになるわけでして、たとえばエゾシカなんて、乱獲→保護→過大な増殖によって人間との共存に影響が→狩猟を拡大、というような流れがあるのはご案内の通りですな。

やはり野に置け蓮華草、なんて申します。自然のことは自然に任せておけばようがす。

←こちらにリンクしてあるトラックバックやコメントに関するポリシィについて、本日一つ新たな基準を設けさせていただきました。

今回追加した基準とは、所謂アフィリエイト目的のブログからのトラックバックを受け付けないことにいたしました。アフィリエイト目的のブログが読み物として面白かったためしがないから、というのが今回この基準を設けた動機でございまして、そもそも、アクセス数を稼ぐことを頭から無視している拙宅のようなブログにまでトラックバックを投げたって、アフィリエイトで稼ぐ目的のためにはネットワーク・トラフィックの無駄ですよ、と。
アフィリエイトで稼ぎたい皆様。拙宅(とその管理運営者)がブログランキングの存在を無視し、アクセスカウンタすら設けていない意味を少しお考えになってはいかがですか?

なお、運営上トラックバックは基本一度受け付けるため、アフィリエイトブログからのトラックバックは受理された後で管理者が手動削除する対応となります。

えートップページをご覧になればすぐにお解りいただけることですが、MovableTypeを4.261から5.0へバージョンアップしてみました。それに伴ってテンプレートを少し変更しておりますが、基本的な運営について一切変更はありません。

管理システムのUIが少しく変更されていますが、基本的には慣れ親しんだMovableTypeのもので、外見は以前と比べると、より洗練されたでしょうか。処理は...4に比べて少しだけ重くなったかな、という感があります。まだ、細かなテンプレートのカスタマイズはしてませんが、年を越せば少し暇ができるので、年明けくらいからちまちまやってみたいなと思ってます。

4.2の段階で導入されたウィジェットセットという概念は実に使いやすく、サイドバーに配置するアイテムのセットをウィジェットとしてモジュール化することで、大元のテンプレートをいちいち修正することなく、ウィジェット部分を修正するだけでリンクなどの細かいところをいじれるので、だいぶ作業が効率よくなったように思います。所謂ブログペットなどもウィジェットにすることで 簡単に取り込んでいけますしね(拙宅でも、Nikon Connectをそういう形で取り込んでいます)

細かいことは使い込みながら追々レポート...していくかも?

えー些か旧聞に属しますが、鹿児島県阿久根市の市長が、市議会からの不信任決議を受けて失職する道を選ぶ直前、自分の発案になる市職員人件費に関する庁舎内の張り紙を剥がされたからとて市職員に市長権限をもって免職処分を下したものの、この懲戒処分を巡って訴訟となったことで処分の効力が停止されている状況の中、当該職員について、懲戒処分の効力が停止されている期間の給与や期末勤勉手当をいっさい支払っていない、というようなニュースが最近配信されていたわけですが、橋下・大阪府知事同様に件の市長にも言えることがあるなぁと感じたのでひとくさり。

選挙で選任される首長は特別職地方公務員であり、確かに当該自治体の住民の総意に基づいて選任されているわけですが、だからとて自治体職員の人事権を恣に握っているわけではないということ。これは、私企業でさえ懲戒処分を下すには相応の正当な根拠と理由、そしてそれに基づいた手続きが必要であることを考えれば当然に理解しうることで、橋下府知事や件の阿久根市長はこの辺を履き違えているとしか思えないんですわ。

自治体職員の意識改革を求める、という点において、今回の張り紙が一定の効果をもたらしたであろうことは認めてもいいと思いますが、それにしたって、たかが張り紙程度のことで免職処分、というのは、人事権の濫用と見られても仕方ないでしょうな。懲戒処分とするにしたって戒告が精々、普通に考えたらこの程度は訓告か厳重注意の、人事記録として残さないような処分が穏当なところではないでしょうか?

この竹原・阿久根市長には「人ひとりクビにすること」の重みについて、もう少し熟慮の必要があるのではないでしょうかね。こんな人事が続けば、市職員の意識改革どころか、やる気を削ぐことにもつながって、最終的に迷惑を被るのは市民だ、ということを考える必要があるでしょう。
そもそも、行政事務や現業といった、所謂公務員の仕事はボランティアとは違うのですから、もっとよいサービスを提供してもらうにはどの様に吏員を使うか、ということを考えるべきなのであって、一から十まで俺の意図を体せよ、は民主主義の成果として選任された首長の取るべき道ではないでしょう。

えー、あたしは予てより一神教が戦争の大きな要因の一つになっているのではあるまいかと感じているわけでございまして、現状で仏教のような「絶対的な神を持たない」宗教を国教とする国家がどれだけあるのか存じませんが、絶対的な神を持たないところに大きな争いは起こりにくいのではあるまいか、というような感覚を持っているわけです。

勿論神ならぬ人の身のこと、たとえ絶対的な神を持たずとも諍いは起こりますし、戦争だって残念ながら絶無させることができないでおります。

個人的には明治維新の際に「皇室」という絶対的な神の概念を掲げてしまった現状の神道には賛同できませんが、明治維新以前の、それこそ八百万の神がいまします古代神道のありようについては、これはこれでありなんじゃないかという感覚を持っております。

そして、世界のメジャーな宗教の中で、代表的な一神教であるキリスト教とイスラム教、そしてユダヤ教の3つが同じ起源を持っていることを知ったことで、あたしの中でますます一神教への批判的な見方が培われていった、というような感があるわけです。

そんなわけで、些か旧聞でもあり、既に当事者の小沢一郎・民主党幹事長は発言を陳謝してもおりますが、あたし自身はこの段の小沢幹事長の「キリスト教やイスラム教は排他的で独善的な面がある」という趣旨の発言に賛同する部分が大きい、ということをあえて提示しておきたい次第。

でも、教典の本質に戻っていくと、どちらの宗教においても「汝の隣人(=宗教を異にする人)を愛せよ」的なことが取り込まれているのであって、そこは誤解の無いようにきちんとフォローしておかなくてはいかんですわね。

♪ 左岸 LEFT BANK / 高橋幸宏

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